折本ひとみの活動報告折本ひとみの活動報告

特大タイムキーパー


委員会室に鎮座ましましている特大デジタル時計。
写真の時計は私たち委員(議員)が見るための物で、私たちの背中側には職員さん達用がもう一つ置かれています。

今、浦安市議会では、平成22年度の決算の審議をしています。
私の属している都市経済常任委員会は24日、25日の二日間で審議を終えました。
両日とも委員一人の持ち時間は、質疑と答弁を合わせて60分。
この60分のタイムキーパーが写真の時計なのです。

平成22年度の浦安市の決算総額は、859億円(一般会計645億6千万円、特別会計213億4千万円)。
この内、都市整備部、都市環境部、市民経済部所管のところを、私たち都市経済委員会が受け持っているのですが、この巨額の使途を審議するには60分はあまりにも短い!

汗だくで質疑をして、納得のいかない答弁は後日じっくり説明をしてもらうことにしたにもかかわらず、時間切れを知らせる大音量の「ブーーー」。
あんな音がするとは、心底驚きました。

議会活性化というお題目で議員が議員の発言時間に制限をかけてしまってから、このタイムキーパーが委員会の主力メンバーになってしまったことが、とても残念です。

大槌町役場

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私達の乗ったフロントライン研修バスは、山田町から大槌町を回り、釜石市に入ってきました。

ひとつ峠を越えると、海に向かって開ける視界にあるのは、どこも廃墟と化した海辺のまち。海岸沿いに、そうした光景が一時間以上繰り返されます。

写真は、大槌町役場です。
地震後、対策本部立ち上げのために避難せず、町長や職員さんが殉職されました。
7ヶ月も経つというのに、ここにもいまだに巨大な爪痕が生々しく残っています。

研修係の方の話しでは、フロントラインの中で、釜石が一番瓦礫撤去等の復旧が進んでいないように見えるということです。

何万世帯、何十万世帯の生活が一瞬にして破壊されたことを証明する瓦礫の山々。原形をとどめず、サビた鉄の塊となった車が積み上げられた山々。

それら無数の山々が、紅葉の季節が近づいた緑の山々との対比で、場違いな感を一層引き立たせているとともに、復興に向けての道のりの厳しさを見せつけています。


田老の防波堤

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委員会視察の二日目、三陸鉄道のフロントライン研修のバスで被災地を回っています。

今、私達が立っているのは、宮古市田老地区の防波堤の上。三陸鉄道の研修係の方が説明をしてくださっています。

この防波堤は海抜10、55メートルもありながら、これを超えて津波がこの地区を襲撃。見渡す限りの被害の大きさに胸が痛みます。

昭和初期に作られたこの堤防は、「津波の勢いを押さえている間に住民が避難するためのもの」という本来の目的が、長年の間に語り継がれなくなってしまい、「津波を防いでくれるもの」と思い込んでいた住民が多かったそうで、それが反省点ということです。

偶然にも今朝のニュースで、この防波堤に交差する形で作られていた防波堤(今回の津波で流された)の高さを14メートルにする、と言っていました。

しかし、いくらハードを積み上げていってもこれで万全ということはないので、災害に対しての危機感と防災意識をしっかり持つことが一番大事、と研修係の方の弁。

まったく同感です。



都市経済常任委員会視察

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都市経済常任委員会の視察で東北に向かっています。

今回の視察は、明日の岩手被災地フロントライン研修がメインですが、本日は直行で八戸まで行って、八戸せんべい汁の地域ブランド化研修の後、盛岡泊です。
明後日は、宇都宮市で都市景観づくりを勉強して帰路につきます。

先週は石巻と女川を視察して、復興への道のりがいかに大変か、そして被災地での議員の役割がいかに大切かを実感してきたところです。

今回も、被災地の記憶を風化させないように、復興に向けての取り組みをしっかり視察してきたいと思います。


女川から


今、女川駅のホームに立っています。
この駅は、JR石巻線のターミナル駅だったので、私が立っているここに電車が終着していたわけです。
今は写真のように、駅舎どころか線路らしきものもまったく見当たらないので、ここが駅だったことも地図上でしかわからなくなっています。
駅周辺にあったであろう商店街も民家もなにもありません。
瓦礫も7か月の間には粗方片付けられて、ビルの残骸だけが佇んでいます。
よく見ると、佇んでいるのではなく、横倒しになっているビルもあります。

石巻から女川に来るまでにも、大川小やその周辺など、美しいリアス式海岸沿いにあまりにも悲惨な有り様が連なっているのです。

手を合わせながら、帰路につきます。