折本ひとみの活動報告折本ひとみの活動報告

介護サービス


心配されたお天気も杞憂の内に、市内小学校何校かの運動会が行われました。先週の土曜日も夏を思わせる天気の中で、何校かでやっていましたね。卒園した子どもたちが元気に頑張っている様子を確認するのが、私の運動会の楽しみ方です。この日は運動会の他に、NPO法人「たすけあいはとぽっぽ」の総会におじゃましました。
総会に先立っての代表の挨拶は、切実なものがありました。「介護の担い手がいない。親を子どもがみて、またその子が年をとったらその子がみて、といった循環型社会が崩壊している」。そんな社会において、懸命にそれを担っている「はとぽっぽ」などの団体を、公が支援する仕組みはまだまだ未熟です。日々、お年寄りと向き合う現場から、行政の担うべき役割を学ぶ必要性を感じます。

先日の視察では、富山型デイサービスの施設「ふるさとのあかり」におじゃましました。富山型デイサービスとは、NPOなどが担う地域の小規模施設に、お年寄りから障がい者、乳幼児など、助けを必要とする人が、いつでも通えるサービスで、「ふるさとあかり」はその先駆的な存在。ショートステイや地域相談室も担っています。

富山型デイサービスは、全国から注目されている福祉施策ですから、「民」と「公」の理想的な協働のカタチが完成されているのかと思いきや、やはり現場の負担は相当なものであると感じました。

「市民との協働」と行政は好んで口にします。熱意のある人が、すでに行っている事業を支援し、行政の役割の一部を担っていただくことで、より利用者のニーズにあった、きめ細かなサービスを提供するものでしょうが、その陰には、「行政がやるより安上がり」という、「小さな政府」の思惑が垣間見えます。こうした事業を、施策のなかにきちんと位置づけ、永続的に存続できる支援の仕方を考えていかなければいけないと思います。


コメント一覧

  1. 折本ひとみ より:

    二上こぶ様

    いつもコメントをありがとうございます。
    また、お返事が遅れましたことお詫びいたします。

    私も、定期的に園児をつれてデイサービスを慰問したりしておりますので、介護の現場で働く方々には、いつも頭の下がる思いがいたします。また、私の身近にも介護の仕事をしている方がいますが、慢性的な人手不足で、負担は増す一方であるのに、報酬があがらないという話を聞いています。事実、介護員の平均年収は、男性315万円、女性262万円で、平均年収453万円を大きく下回っています。そうしたことを背景に、離職率も高く、専門学校などへの入学希望者も年々減少しているようです。厚生労働省の試算では、2014年には、140~160万人の介護員が必要とされており、このままでは、40万人規模の人手が足りなくなるとも言われています。
    報酬をあげるため、介護報酬の改定も検討されていますが、それはすなわち介護保険料に跳ね返ってくることを意味し、不景気が深刻化しそうな気配の中、社会的な合意を得るのが難しい現実があります。こうした施策は、当然のことながら、国が真剣に議論していくべきものです。が、昨今の国政は、「次の選挙に勝てるか」という短期的な視点が優先されている感が否めません。増税にしても、負担を増やすなら、無駄遣いを徹底的に見直すことはもちろんのことですが、何のためにいくら必要なのか、その負担によって、どんな安心な暮らしが実現するのかを明確に約束することが、大前提であると私は考えています。

    さて、地方自治体にとっても、高齢者施策の充実は、大きな課題です。二上様のように、介護されている方への支援策もそうですが、介護を担う方がだれもいない独居の高齢者をどう保護して行くのかも、真剣に考えなければなりません。

    市長選時のマニフェストには、共働きの家庭や介護負担で疲労している家庭が、高齢者を安心して預けられる託児所型(保育園のお年寄り版)の介護施設「介護園」を地域の中に開設していくことをお約束しました。独居の方は、地域の方と協働で見守る仕組み作りをしたいと思っています。更に、介護保険を利用したくても、自己負担分が支払えずに、十分な手助けを得られない方などには、ご自分の資産を担保に、融資が受けられる「自己精算型福祉施策」(リバースモーゲージ)の導入を検討したいと考えています。

    いつまでも住み続けられる安心な街づくりのために、すべきことは山積しています。浦安は、後期高齢者医療制度の負担軽減のため、2年にわたり、75歳以上jの方、全員に一律年1万円を支給することを決定しましたが、そうした短期的な施策だけではなく、高齢化社会にしっかり対応する、持続可能な仕組み作りに、注力していかなければならないと思います。

  2. 二上こぶ より:

    老親の介護の問題。これは、本当にたいへんです。やってみなければわからない。実は、私は、家内の母親を介護しています(同居)。ここでは、病名や具体的な症状は、伏せますが、想像を絶します。
    文中の「介護の担い手がいない。親を子どもがみて、またその子が年をとったらその子がみて、といった循環型社会が崩壊している。」は、本当にそうで、今の浦安は、将来、どうなるのだろうと心配になります。
    今、義母は、週4日デイサービスに行き、また、月に数泊ショートスティを受けています。この施設は、まだ、新しいのですが、その献身的なことといえば、本当に本当に頭が下がります。加えて、家族の介護相談の悩みにも親身に対応してもらえます。本当にありがたく、この施設がなかったら、今頃、どうなっていたのか・・・感謝の気持ちでいっぱいです。
    今、介護に携わる方の労働条件が全国的に厳しく、定着率も低いと聞きます。「循環型社会」が崩壊している厳然たる事実の前に、費用負担の問題で、それが仕事とはいえ、介護に携わる方々が犠牲を余儀なくされている現状に手をこまねいているわけにはいきません。マスコミでもよく消費税を含めた増税について反対が言われることがありますが、日本が戦後、少子高齢化の道を歩み、さらには、核家族化・循環型社会が崩壊しつつあるという現実の前に、社会福祉・介護の維持のためには、国民が増税という選択肢も真剣に考えなくてはいけないような気がします。この場合、確かに無駄遣いを改めるべきなのですが、よく公務員の不祥事や無駄遣いの極端な事実をクローズアップしすぎて、どうも我々国民は、ことの本質を見失っているようです。
    したがって、誤解を恐れずにいうと無責任な「小さな政府」には、私は、反対なのです。
    話がそれましたが、介護をしていて、頭でわかってはいても、どうしても義母につらくあたってしまうことが、稀にあります。そんなとき、幼稚園児の息子に、「ばぁちゃんに、やさしくしてね。静かに言ってね。パパ」と言われ、こんな小さい子でもわかるんだと涙が出そうになり、息子には申し訳ない気持ちになることもあります。でも、介護施設にお願いすることで、親子の時間をもつことができて、本当に本当に感謝しています。デイサービスの無い日に、帰宅して玄関を空けるときには、深呼吸して、「ただいま」といい、くたくた・へとへとになっている愛妻に感謝し(介護があって、以前よりいろいろ夫婦で話すようになりました。)、息子を風呂に入れますが、そのときに、ばぁさまに自然に笑顔を向ける自分でありたいなといつも思います。
    介護保険制度が完璧なものであるかどうかについては、議論が分かれるところです。まだ、私も自分のことで手一杯でよくわからないところがあるのですが、少し、視野を広げてみると、介護施設も本当にたいへんですし、また、介護施設が、良かれと思って、介護サービスを受ける方に提供したいことが、実は、制度上できなかったり、いろいろあるようです。
    もう既にされているとは思いますが、お時間があるときに、いくつかの介護施設を視察されてもよいかと思います。
    でも、浦安のマンション群をみていて、自分が今介護の渦中にあるだけに、将来この街はどうなるのだろうと心配せざるを得ません。

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